2016/01/13 22:15

 不思議なこともあるものだ。何を隠そう、僕には尊敬する作曲家が4人いるが、その全ての方と偶然遭遇している。目と鼻の先でまみえている。その4人と は、武満徹、黛敏郎、湯浅譲二、中田喜直の各氏。そうそう、團伊玖磨氏にも遭っているけれど、でもそれは、一時期、氏の事務所があった同じ赤坂のビルの中 にスタジオを構えていたからに過ぎない。もちろん、氏のことは尊敬していますさ。彼の「パイプのけむり」は僕の愛読書だった。でも、上記以外の作曲家には 一人も遭っていないのだから、やはりとても不思議なことではないだろうか。これから回を追って、遭遇の経緯を書いてみようと思う。敬称は略します。いずれ も名にしおう大家だもの。

 武満徹は、僕が作曲家を志すきっかけを作ってくれた人。高校生の時だったか、初めて彼の「弦楽のためのレクイ エム」を耳にしたとき、こんなに深く美しい音楽がこの世にあるのかと驚いた。それ以来、彼は僕の憧れの的となった。こういうふうにして彼のファンになった 方、案外多いのではないだろうか。それほどの衝撃だった。あるいは、彼が独学の人であったことも、僕にとっては大きかったように思う。もはや音楽学校には 進学できないことが目に見えていたから。僕だって、もしかして作曲家になれるかもしれない。
 あれは、上京してまだ間もない頃だった。当時アルバ イトをしながら、宮内庁の上明彦氏と雅楽道友会の薗広教氏に雅楽を教わりながら、独学で作曲を勉強していたが、ちょうどその頃、渋谷のパルコに西武劇場が 開館し、そこで武満徹が「今日の音楽」(だったと思う)というコンサートをプロデュースするという。たまたま、雅楽や能楽の「唱歌」を取り上げると聞き及 んで、僕には決して安い切符ではなかったけど、思いきって出かけてみた。
 ロビーで行き交ったのだ、彼と、突然。僕よりまだ小さい人だった。しば らく(ごくしばらく、かな)、お互いに見つめ合ったように思う。錯覚かもしれないが、目を覗きこまれたような気がした。瞬間、とても緊張したのを覚えてい る。ああ、武満さんだ。今でもその時のことを、鮮やかに思い出す。僕にとっては、宝物のような記憶、とでも言うほかない。
 余談だけど、最近、鎌 倉の八幡宮の境内にある神奈川県立美術館で、彼が参加していた「実験工房」の展覧会があり、彼の自筆楽譜を目にする機会を得た。作曲を始める前に何本もの 鉛筆を削って机の上に並べ、ドロップを舐めながら五線紙に向かったと聞いたことがある。その通り、とても繊細で几帳面な、綺麗な楽譜。思わず、ちょっと泣 き出したいような気持ちになった。